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北イングランドから こんにちは

北イングランドに暮らし始めて早や22年目。未だに不思議な事が多いこの地での生活もよう、飼い始めた柴犬とのゆっくりした暮らしぶりをお伝えします。

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久しぶりのアップです。


お久しぶりです。
とにかく、毎日があっという間に過ぎていく気がします。

実はこの10月にDaddio母が亡くなりました。

89歳の義母は、最期の5日間を病院で過ごすまで、自宅で自立して暮らしていました。
もちろん、例えば思い食料品の買い出しや家の用事などは私達が、掃除機掛けなどの掃除は人に頼むなどサポートは受けてはいましたが、自身の炊事、洗濯、ご飯作りなどは全て自分で賄っていました。

義母は長年の糖尿病や10年ほど前に心臓のバイパス手術をしたりしているので、特に義父が亡くなった後は、常に首から笛のような形をしたブザーをぶらさげており、緊急の場合(電話までたどり着けなかったりした場合を考え)、そのブザーをおせば、自動的に緊急連絡エージェンシーに接続され、そこの人とスピーカー越しに話が出来るようにしていました。

そこの連絡エージェンシーから、夜中の3時に連絡があり、義母が胸が苦しくて呼吸が出来ないということだったので、既に救急車を呼びましたとの連絡がありました。Fabioもいるので、私は家に残る事に決め、Daddioが急いで義母のところへ向かいました。

イギリスの医療制度は無料が基本なのですが、その代わり、とにかく待ちます。緊急で運ばれても、一応診察はしてもらえるのですが、例えば、病棟のベッドに落ち着くまで、とにかく待ちます。

この時も例外ではなく、朝の4時に病院に運ばれた義母に付き添ったDaddioが、家に帰って来たのは、何と夜の9時でした。
義母は胸に水がたまっているとの事で入院に。

翌日は朝から私達も病院へ。と同時にラグビーに住んでいる下の義妹へも連絡。そして、イタリアに行っていた上の義妹夫婦にも状況を説明。ただ、この時点では、病院側からは小康状態を保っている、と言われていましたし、義母自身もしっかりと意識もあり、私達と話をする事も出来ており、彼女は、一日一人でおいておいて大丈夫?と、しきりにファビオの心配をしていました。
加えて、その週末の日の夜は、私達が当日行けなかった結婚記念日の食事に行く事になっていたので、その事についてもしきりに謝っていて、こんな時でも義母の家族を思いやる気持ちをありがたいと思いました。

その義母の容体が急激に悪化したのは翌日のお昼ごろ。
病院の訪問時間ではないので、在宅勤務をしていた私達二人のところへ病院から連絡がありました。
いわく、とにかく糖尿、高血圧、心臓と様々な面を考慮しての治療を行っていましたが、体内の酸素濃度がどうしてもあがらない、ここが峠だと思って、覚悟もして下さい、と言われました。

慌てて病院に向かい、下の妹も駆けつけ、あとは上の義妹がどうか、間に合ってくれるように、そればかりを願っていました。
義母は、時折意識が戻るのか、私達の問いかけに答えたり、‘手を握っていて。’と言うので、彼女の手をずっと握っていたのですが、その握り返す力も、まだこの時点ではしっかりしていました。
上の義妹もイタリアから駆けつけ、義母が義妹を分かるうちに会う事が出来ました。

最期は、本当に痛みに苦しむ事もなく、家族に手を握られながら、穏やかな逝き方でした。

病院での初歩段階の手続きを終え、全員で義母の家に戻り、放心状態でいましたが、翌日からは葬儀の準備を。

イギリスでは、まず通夜というものがありません。

義母の葬儀は教会式になりますが、葬儀の前までに、葬儀社の方とはもちろんのこと、牧師さんとも打ち合わせが必要です。
そして、葬儀の招待状を送り、賛美歌を選び、牧師さんに故人がどのような経歴の持ち主で、どのような人柄だったか、を語り、その話をベースに葬式の時に、牧師さんからのお話があります。
また、リーディングと呼ばれる、主に聖書からの下りを引用しそれを朗読する人達を、故人と親交があった人達から選んだりもします。

余談ですが、イギリスに住むようになり、結婚式、お葬式と両方何度か出席して思う事は、結婚式では特にふれない経歴や人柄などを、葬儀の時にはふれて話をします。

教会式では、参列者で賛美歌を唄い、朗読をし、葬儀の後は、パブやレストランで食事会。
私達は、義両親が金婚式を祝ったホテルを選び、その会場には義母が小さかった頃からの写真、家族や親せき、友人達と一緒の写真を飾り、参列者も思い出話に花が咲きました。
基本、イギリスのお葬式は‘Celebrate someone's(故人)life’という感じなので、教会での式こそしんみりとしていますが、その後は全員食べて、飲んで、色々な話をして、という感じで、こういう見送られ方もいいものだな、と思いました。

そして、チャリティー国民のイギリス人らしく、故人への献花などは辞退し、会場の出口には、故人とゆかりがあった団体への寄付を行なえるように寄付金箱が置かれています。

雨模様で強風の一日でしたが、沢山の人達が参列してくれ、無事に義母を見送る事が出来ました。

そして、実はこの数日後から、私は7年ぶりの日本への一時帰国を予定しており、義母がなくなった時点では、延期キャンセルを考えていました。
が、葬儀社の方と一番最初に打ち合わせをした時に、Daddioが私の状況を説明してくれたのですが、葬儀社の方いわく、‘私があなたなら、日本へ行って帰って来ますね。火葬場は混んでいるし、牧師さんの予定もあるので、葬儀は早くても4週間くらい先になると思っていて下さい。’とのこと。

Daddioからも、葬儀までは様々な準備があって忙しくしているし、仕事もある、でも、葬儀が終わって‘日常’が戻る時、その時にMammioにそばにいて欲しい、と言われました。 また、義妹たちからも、‘Mumは絶対に〇〇が日本へ行っていい思い出を作ってくれることを願っていたはず。だから私達に遠慮せず、行って。’と言われ、予定通りに行く事にしました。

意識が混濁していく中で、最後に義母から言われた言葉は、私の手を握りながら、’Thank you for looking after me., Thank you。’という言葉でした。

義母を一言で表現するのであれば、見た目は穏やかで小さなイギリスの老婦人、でも内側は芯の強い人、そして、経済的な豊かさではない幸せの在り方を知っている人、そんな人でした。

私もそのような人が義母でいてくれた事に感謝しています。

今日のアップは、文章のみで長くなってしまったので、次回にまとめてファビオの写真もアップできれば、と思っております。
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プロフィール

ブルーベリー

Author:ブルーベリー
寒さ厳しい北イングランドに、イギリス人の旦那さんと柴犬と暮らしています。まったりとした日々を送っていましたが、2012年2月22日、柴犬ファビオが2歳半で糖尿病の宣告を受けました。現在はそのショックからもどうにか立ち直り、日々家族3人で頑張っています。
ファビオの病状経過なども含め、日々の暮らしを綴っていこうと思っています。

旦那さん(通称:daddio):柴犬を見た事も名前を聞いた事もなかった典型的イギリス人。今ではmammioよりも柴犬ファビオを優先?!するくらいの可愛がりよう。

ブルーベリー(通称:mammio):たまにホームシックになる事もあるけど、旦那さんの愛情とファビオからの癒しで救われている日々。

柴犬ファビオ:2009年7月23日生まれの雄。 名付け親はdaddio。(元イングランドサッカーチームの監督の名前から。響きがいいからとの理由。)2012年2月22日、2歳半で突然の糖尿病宣告を受け、現在は一日に二回のインシュリン注射を行っている。
やんちゃな性格ぶりと癒し効果は変わらず。犬よりも人、特にマッチョなビルダー系が好き。

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マロンとライムの柴犬親子日記みぃさんプロデュース、まちゅげ隊に加入。 ファビオは茶まちゅげ隊だよ。 proof 2 for plug

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